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千葉地方裁判所 平成4年(ワ)1116号 判決

原告

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

浜名儀一 小川雅義 近藤一夫 田村徹 土屋寛敏

山田由紀子 伊藤安兼 熊野明夫 柴田睦夫 石井正二

鈴木守 河本和子 山田安太郎 市川清文 田久保公規

鳥切春雄 小川彰 小高丑松 井貫武亮 高橋勲

白井幸男 藤野善夫 渡會久実 中丸素明 岩橋進吾

鶴岡誠 渡辺真次 四宮啓 石川知明 日暮覚

桜井勇 菅野泰 山本宏行 錦織明 最首良夫

最首和雄 稲垣總一郎 堀合悟 福田光宏 大槻厚志

立松彰 大家浩明 廣瀬理夫 田中英輝 色川清

池下浩司 三木昌樹 村上典子 高山光司 佐野善房

向井弘次 植竹和弘 秋田良一 高梨徹 大原明保

舩越豊 福武公子 大島有紀子 河辺義範 小平恭正

高橋馨 宮原清貴 石川英夫 小林春雄 鈴木康夫

高橋一弥 松丸幸子 上野雅威 佐藤鋼造 田中三男

西山明行 瑞慶山茂 高橋修一 羽賀宏明 若穂井透

大作公夫 野々村久雄 中嶋親志 井口壮太郎 冨沢昌平

細野卓司 高橋峯生 土田義一郎 小倉純夫 佐藤典子

石井正 伊藤護 白石哲也 堤一之 山田次郎

後藤裕造 小林幸也 湯川芳朗 関静夫 遠藤龍一 宮家俊治

訴訟復代理人弁護士

米倉勝美

被告

乙山二郎

右訴訟代理人弁護士

松浦安人

松本和英

右訴訟復代理人弁護士

松田孝子

主文

一  被告は、原告に対し、金二億二五七五万円及び内金三一五万円に対する平成元年七月一三日から、内金一二六〇万円に対する同年七月二八日から、内金三五〇万円に対する同年九月七日から、内金二億〇六五〇万円に対する同年九月一一日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その七を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  原告の請求

被告は、原告に対し、三億二二五〇万円及び内金四五〇万円に対する平成元年七月一三日から、内金一八〇〇万円に対する同年七月二八日から、内金五〇〇万円に対する同年九月七日から、内金二億九五〇〇万円に対する同年九月一一日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  当裁判所の認定した事実

一  認定事実

証拠(甲A二の五五ないし一四一、甲A二二、原告、分離前の相被告丙山三郎、丁山四郎、戊山五郎、被告)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1  原告(昭和二八年九月生)は、千葉県船橋市八木が谷〈番地略〉に事務所を置きゴルフ練習場の経営等を目的とする○○産業有限会社及び不動産の管理や仲介等を目的とし船橋市八木が谷〈番地略〉に事務所を置く有限会社××の各代表取締役であり、亡父の跡を継いでゴルフ練習場の経営にあたっているものである。

2(一)  被告(昭和二〇年一〇月生)は、一八才ころ暴力団組員となり、昭和五六年ないし五七年ころ、暴力団稲川会大草一家中台組内山本組(以下、単に「山本組」ともいう。)を組織して、その組長となり、船橋市前原東に組事務所を置き、JR津田沼駅周辺をいわゆる縄張りとしていたものである。なお、本訴係属中の平成六年四月ころ、被告は、中台組が大草一家から独立して稲川会谷津一家となった際、山本組を解散した。現在、被告は谷津一家の若頭の地位にある。

なお、「暴力団」とは、「その団体の構成員が集団的に又は常習的に暴力的不法行為等を行うことを助長するおそれがある団体」をいうものである(暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律二条二号)。

被告は、本件平成元年七月当時、自らの若衆(子分)を有しなかったが、舎弟として、上位から、竹之内茂男、三橋正道、吉橋康行、三山実及び分離前の相被告丙山三郎をもち、その舎弟が若衆をもっていたことから、山本組組員として三〇余名をその支配下においていた。

被告は、平成元年七月当時、稲川会専務理事の地位にあり、中台組の若頭をも兼ねていたため、通常は千葉市内の中台組の組事務所につめており、山本組の事務所には月に一〜二回顔を出す程度で、山本組の日常の運営は舎弟の前記竹之内茂男にまかせていた。なお、被告は、これまで山本組等のために親の不動産を食い潰して合計七〜一〇億円を使ったという。

山本組においては、若い組員に対して組事務所の当番が割り当てられており、その当番にあたった者は二四時間組事務所につめていた。組事務所の賃料や電話水道光熱費等の経費は、組長である被告とともに幹部組員がこれを負担していたが(幹部一人五〜一〇万円)、足りない場合には被告が追加して負担していた。

山本組においては、組長から組員に対する金銭の支給はなく、組員は、それぞれが、いわゆるしのぎ活動をしてその生計を維持しなければならず、組員は、そのしのぎ活動として、飲食店等からいわゆるみかじめ料を徴収したり(分離前の相被告戊山五郎の供述)、あるいは頼まれて債権の取立てをするなどしていた。しかし、組長たる被告において、組員が徴収したみかじめ料の一部を上納させたり、債権取立ての報酬の一部を上納させたりすることはなかった。山本組においては、組員が行ったしのぎ活動による利得は、あくまでその組員個人のものとされていた。

(二)(1)  分離前の相被告丙山三郎(昭和二一年七月生)(以下「丙山」という。)は、昭和五八年ころ被告の舎弟となって山本組組員となり、平成元年七月当時、稲川会理事の役職にあり、直系の若衆十数人を有していた(山本組の中で若衆が一番多かった。)。

丙山は、平成元年七月当時、ほとんど毎日山本組の事務所に顔を出しており、山本組の会費(月一〇万円)と中台組、大草一家及び稲川会の各会費とで、合計五〇〜六〇万円を納付していた。

丙山は、平成元年七月当時、不動産に関係する仕事をしていたほか、被告の縄張り内において、しのぎ活動としてスナックを経営し、妻をしてその日常の運営にあたらせていた。

(2) 分離前の相被告丁山四郎(昭和二六年八月生)(以下「丁山」という。)は、昭和六〇年五月ころ丙山の舎弟となって山本組組員となり、平成元年七月当時、稲川会監事の役職に就いていた。

丁山は、平成元年七月当時、しのぎ活動として内妻に飲食店を経営させており、ほとんど毎日のように山本組の事務所に顔を出し、会費として山本組に月三万円ないし五万円を、中台組、大草一家及び稲川会にも相当額の会費を納めていた。

(3) 分離前の相被告戊山五郎(昭和二九年一〇月生)(以下「戊山」という。)は、昭和六〇年八月ころ丁山に誘われて丙山の舎弟となり、山本組組員となった。戊山も、平成元年七月当時、稲川会監事の役職にあった。

戊山は、平成元年七月当時、ほとんど毎日のように山本組の事務所に顔を出しており、中台組及び大草一家にそれぞれ毎月三万円を、稲川会に毎月五万円を会費として納付していた。

戊山は、そのしのぎ活動として、山本組の威力を背景に植木のリースをしていたこともあった。

(三)  稲川会は、本件後である平成四年六月二三日付けで暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律に基づき、「指定暴力団」と指定された。

3(一)  原告は、昭和六一年冬ころ、丙山が経営する船橋市内のスナックで飲酒したことから、丙山と知り合い、その後、丙山の父の姓が原告と同じ「甲野」でありその実家が原告の住居と近くであったこと等から親しくなり、丙山が山本組の幹部組員であり山本組がJR津田沼駅周辺を縄張りとする稲川会の暴力団であることを知りながら、あえてともに飲食を重ねるなどしていた。

原告は、丙山を通じて、昭和六二年にその舎弟である戊山と知り合い、その後、昭和六三年三月ころ、服役を終えて出てきた丁山と知り合って、同人らがともに山本組の幹部組員であることを知りながら、時折飲酒をするなどしていた。丁山及び戊山は、丙山から原告をその親戚であると紹介されていたため、原告を兄貴分である丙山の親戚であるとして、原告に対しては丁寧な言葉遣いをし、また、表面上は下手に出ていた。

なお、原告は、山本組の組長である被告とは全く面識がなく、言葉を交わしたこともなかった。

(二)  ところで、原告は、丙山から、困ったことがあったら相談するようにと言われていたことから、丙山、丁山、戊山(以下、この三名を併せて「丙山ら」ともいう。)に対し、昭和六三年夏ころに自己の関係した飲酒上の喧嘩の仲裁を依頼し、また、昭和六三年冬ころには自己の女性関係の後始末ないしは女性関係のトラブルの解決を依頼したこともあり、また昭和六三年初めころには、丙山に頼んで、原告が友人に経営させていたテレホンクラブが山本組の組員に支払っていたみかじめ料を支払わなくてもよいようにしてもらったこともあった。

しかし、原告は、これら丙山らの行為に対して謝礼を支払ったことがなく、いわば丙山らをただ働きさせていたことから、丙山らにおいては、かねて内心これに憤慨しており、原告を吝嗇でずる賢い人間として嫌悪するようになっていた。

そして、平成元年四月ころ、服役を終えて出所した丙山が野球賭博を開張すべくその資金五〜六〇〇〇万円の貸付けを原告に申し込んだところ、原告が「金がない。」などと言ってこれに応じなかったため、丙山らにおいては、ますます原告に対する反感の情を強めていった。

4  本件恐喝行為に至る経緯・本件面談威圧行為

(一) このような中で、原告は、平成元年六月中旬ころ、突然、「住吉連合秋田組の秋田」と名乗る男から電話を受け、「あんた、俺んとこの若衆の女に手を出しただろう。その若衆がムショから出てきて騒いでいる。ただじゃ済まないよ。」などと言われて、暗に金銭の支払いを要求された。

原告は、そのころまでに何人かの飲食店関係の女性と肉体関係をもっていたが、その内の一人が暴力団員と組んで自己を脅し金銭を喝取しようとしているものと考え、丙山に連絡して、「何とかして欲しい。」旨を依頼した。

丙山は、やむなく丁山に連絡をし、これに対処するよう指示した。

そこで、丁山は、原告の経営する前記有限会社××の事務所に赴き、「秋田組の若衆」と名乗る男から右事務所にかかってきた電話に出て、同人に対し、その組長や兄貴分等の名前を尋ねるなどしたところ、それに対する同人の返答がしどろもどろで要領を得なかったため、丁山は、右「秋田組の若衆」と名乗る男は真実は暴力団員ではないと判断し、同人に対して、「俺は稲川会の山本組のもので丁山というものだ、社長(原告)は俺の兄貴分の親戚だから、今度から俺が代わって話を聞いてやる。文句があるなら事務所の方へ(電話)してこい。」などと申し向けて同人を威圧し、同人に対し山本組事務所の電話番号を教えるなどした。

しかし、丁山は、右「秋田組の若衆」と名乗る男とのやりとりから、同人が原告に電話をかけてくることは以後ないものと考え、その旨を原告に伝えるとともに、丙山に対しても、「相手はヤクザ者じゃなくて半グレ野郎みたいです。話はつきました。」などと報告していた。

(二) ところが、同年七月一二日の昼ころに至り、原告不在中の右有限会社××の事務所に「秋田組の若い者」と名乗る男(以下「自称秋田組組員」という。)が現われ、その旨の連絡を受けて急遽右事務所に電話をした原告に対して、「人の女に手を出してただじゃ済まねえぞ。組長は納得したが、俺は納得できない。小さな額じゃ済まねえぞ。」などと大声で怒鳴ったため、原告は、再び丁山に電話して、「まだ話がついてないじゃないか。」などと苦情を言い、同日夕方再度自称秋田組組員から電話がかかってくることになっている旨を告げて、「何とかして欲しい。」旨を依頼した。

丁山は、直ちにその旨を丙山に連絡し、同日午後五時三〇分ころ、丙山、丁山及び戊山は、右有限会社××の事務所に赴き、改めて原告から話を聞き、原告から、自称秋田組組員が会社に来たり電話をかけて来たりすることのないようにして欲しい旨、すなわち、自称秋田組組員に暴力団山本組の威力を示して自己に対する金銭的要求を無償で断念させて欲しい旨の依頼(以下、これを「本件依頼」という。)を受けた。

そこで、丁山は、しばらくしてかかってきた電話に出て、金で解決したい旨を述べる自称秋田組組員に対して、「電話じゃ話にならないからこっちへ来い。」などと申し向け、同日午後八時に船橋市前原西のファミリーレストラン「デニーズ」に来るよう指示した。

(三) 丙山らは、その後、原告を伴って付近のレストランに赴き、以後の打合せを行って、丁山と戊山が自称秋田組組員と右「デニーズ」で会うこと、丙山は原告とともに少し遅れて店に入ること、そのため原告は午後八時ころに丙山を自宅まで迎えに行くこと、等を決めたが、その際、原告が「俺は行かなくてもいいでしょう。」などと述べて、この件から逃げるような態度を示したため、丙山はこれにいたく立腹した。

(四) 原告は、その後、一人で自宅に帰り、丙山らは、戊山運転の車で千葉県習志野市の丙山の自宅に向かったが、その車中において、丁山は、原告が女性には金をふんだんに使うのに自分達には全く金を出さない、今回もまたただ働きになるのではないか、などとあれこれ考えるうち、いっそこの件を利用して原告から金銭を喝取しようと考え、その旨を丙山及び戊山に告げ、同人らに対し、「半グレ野郎を殺したことにして芝居を打ちましょうよ。社長は全てまかせると言ったので、社長の頼みで相手と話をつけているうちにチャカで撃ち殺したことにして、社長を脅せば、あいつも共犯になると思って金を出すんじゃないですか。」などと述べて、その恐喝方法を説明したところ、丙山及び戊山もこれに賛成し、ここに、丙山、丁山及び戊山の三名において、原告から金銭を喝取することの共謀が成立した。

(五) 丁山及び戊山は、その後同年七月一二日午後八時ころ、前記ファミリーレストラン「デニーズ」に赴き、既に同店に来ていた遊び人風の自称秋田組組員と面談を始めたが、やがて、丁山及び戊山は、自称秋田組組員が真実は暴力団員ではないことを確信するに至った。

一方、原告は、同日午後八時前ころ、丙山をその自宅に迎えに行ったが、その際、丙山は、原告に対して何気なくけん銃一丁を見せて不安感を抱かせ、原告運転の車で右「デニーズ」に向かい、同日午後八時二〇分ころ原告とともに同店に入って、丁山及び戊山とは少し離れた別の席についた。

そのころ、丁山は、自称秋田組組員に対して、「社長は身に覚えがないと言っているんだ。銭なんか払えねえ。」などと言っていたが、丙山と原告が店内に現れるのを見るや、まもなく、戊山において、自称秋田組組員に対して、「ふざけんじゃねえ。」、「表へ出ろ。」などと怒号して、同人を店外に出させ、丙山に対しては、自己の車の後について来るよう伝えた。

(六) 丁山及び戊山は、同年七月一二日午後八時三〇分ころ、戊山が運転する車でその後部座席に自称秋田組組員を乗せその隣に丁山が座って、右「デニーズ」を出発し、しばらくの間走行した後、同日午後八時四五分ころ、船橋市高根町所在の工事中の「ペガサス乗馬クラブ」内に入り、人気のない場所に車を止めた。

この間、丁山において、自称秋田組組員に対し、「てめえ何のつもりで来たか知らねえが、本物のやくざをなめるんじゃねえぞ。てめえ殺されてえのか。」などと怒鳴りつけて脅迫し、同人を畏怖させ、畏怖した同人をして二度と来ない旨を約束させるなどした。

(七) 一方、丙山は、原告運転の車で丁山らの後に追従し、右「ペガサス乗馬クラブ」の前で原告に車を止めさせた。

そして、同年七月一二日午後八時四五分ころ、丁山において、あたかも戊山が自称秋田組組員をけん銃で撃ち殺したかのように装って、あわてふためいた素振りで丙山のところに駆け寄って来て、丙山に対し、「戊山が撃ち殺しちゃった。頭を撃っちゃった。すぐに逃げてくれ。」などと言い、これに応じて、丙山も、「俺は事務所に戻っている。お前ら二人でちゃんと後始末して来い。」などと言って、原告をして、戊山が自称秋田組組員をけん銃で殺害したものと誤信させた。

原告は、右のやりとりを聞いて、自称秋田組組員との話がこじれて戊山がけん銃で同人を殺害したものと誤信し、これに驚くとともに、大いにこれに困惑した。

原告は、その後、丙山を山本組の組事務所まで送って行ったが、その途中において、丙山は、原告に対し、「社長は心配することはない。やつらにまかせておけばきちんと後始末をする。だけどこのことは誰にも言うなよ。ばれてしまえば社長も共犯で俺らと一緒に捕まってしまう。」などと言い、原告をあたかも殺人の共犯者であるかのように示唆して、原告を畏怖させた。そのため、原告は、この殺人事件が警察に発覚すれば自己も共犯者として処罰されるのではないか、この殺人事件を警察に届け出れば山本組組員からどのような仕返しをされるかもしれない、などとあれこれ考え、極度に畏怖するに至った。

(八) 一方、丁山及び戊山は、自称秋田組組員に対して、重ねて、「てめえ今度来たらぶち殺すぞ。」、「山に埋めてしまうぞ。」などと怒鳴りつけて脅迫し、自称秋田組組員をして二度と原告のもとに来ない旨、二度と原告に金銭的要求をしない旨を確約させて、同人を前記ファミリーレストラン「デニーズ」で解放した。

(九) その後、山本組事務所に集まった丙山、丁山及び戊山は、翌日から原告に対する恐喝行為を開始することを決め、その実行者を丁山及び戊山とした。

(一〇) なお、丙山らの右(二)ないし(八)の行為(これらをまとめて「本件面談威圧行為」という。)は、被告の不知の間に丙山らの独自の判断によってなされたものであり、かつ、丙山らの計算においてその個人的なしのぎ活動として行われたものであった。

5  本件恐喝行為

こうして、丙山、丁山及び戊山は、共謀の上、原告から金銭を喝取すべく、原告に対して以下の恐喝行為に及び、合計三億二二五〇万円を喝取した(以下、これを「本件恐喝行為という。)。しかし、組長である被告は本件恐喝行為を知らず、また、喝取金の一部を取得したこともなかった。

(一) 丁山は、平成元年七月一三日午前一〇時三〇分ころ、原告に電話をして、「死体の後始末をするのに金がいる。できるだけ金を作ってくれ。五〇〇万円はいる。今日中に作れ。」などと申し向けて、金銭の交付を要求した。

原告は、もし右要求に応じなければ山本組組員から口封じのために殺されるのではないかなどと畏怖し、同日午後一時ころ、丁山に現金四五〇万円を交付した。

丁山及び戊山は右四五〇万円の内の一二五万円ずつを取得し、丙山は残額二〇〇万円を取得した。

(二) 丁山及び戌山は、自己らが千葉から逃走しているように見せかけるため、同年七月一八日午後七時四〇分ころ、京都駅近くの京都第三タワーホテルに投宿し、同日午後一〇時ころ、同ホテルに電話をかけさせた原告に対し、こもごも、「今、京都まで逃げて来ている。」、「やつの死体は腹わたを抜いてコンクリート詰めにし、伊豆の海に沈めて来た。死体は二度と上がらないからもう大丈夫だ。」などと申し向けた。

ところが、丁山は、翌同月一九日、かねて患っていた肝硬変により体調を崩し、習志野市に戻って津田沼中央病院で診察を受けたところ、食道静脈瘤を発見されたため、同月二四日から右病院に入院することとなったが、その入院前の同月二三日午後七時三〇分ころ、原告に電話をして、「俺と戊山の借金を整理するのに二〇〇〇万円位いるから用意してくれ。この借金を整理しないと、逃げるにも身動きがとれない。社長が金を用意してくれれば俺たちも捕まらないで済むから、社長だって安心できるだろう。金を用意してくれないとどうなるかわからないぞ。」などと申し向けて、金銭の交付を要求し、次いで、翌同月二四日午後七時ころ、戊山において、習志野市谷津所在の坂東ビル一階料理店「伸」で原告に会い、「俺はやくざをやめて大阪に逃げるつもりだ。逃げる前に借金の整理をしたい。二〇〇〇万円位作れ。俺にも女房子供がいて金が必要なんだ。社長のせいで俺が殺してしまったんだからな。一人殺すも二人殺すも同じことだから、社長、金を出さないとどうなるかわかるだろう。」などと申し向けて、金銭の交付を要求し、こうして、畏怖した原告から、同月二八日午前一一時三〇分ころ、現金一八〇〇万円の交付を受けた。

右一八〇〇万円は、丙山及び丁山の了解のもとに、戊山が全額これを取得した。

(三) 丁山は、同年七月二九日に一旦津田沼中央病院を退院したが、同年八月二日から同月一四日まで再度同病院に入院した。

この間の同年八月五日午後一時ころ、丁山は、見舞いに来させた原告に対し、「社長、今度のことが相手の組にばれてしまった。まかり間違えば組どうしの喧嘩になり、命のやりとりもしなければならなくなる。そうなったら社長の財産なんかなくなるかもわかんねえぞ。無事におさめるには見舞金や香典なんかで二億五〇〇〇万円は必要だ。それで済めば安いもんだろう。」などと申し向けて、金銭の交付を要求し、次いで、同月一〇日午後一時ころ、丙山、丁山及び戊山は、そのころ丙山が酔余殴り合いの喧嘩をして顔や足にあざができていたことから、これを利用して原告を畏怖させることとし、丁山の病室において、原告に対し、丙山が「この顔を見てくれ。」などと言って右目のあざを見せ、また、ズボンを下ろして両足大腿部のあざを見せるなどし、「二、三日前に住吉の連中にさらわれて、殴られたり蹴られたりし、体中、あざだらけになった。社長だっていつさらわれるかわからないから気をつけろ。社長のことは向こうの連中には話していない。早く金を作ってくれ。俺はこの程度で帰してもらったからよかったが、向こうの組に金を持っていって手打ちをしないと、今度またさらわれてぶっ殺されるかもしれない。」などと申し向け、戊山が「社長、俺が捕まったら社長のこともしゃべるからな。社長も捕まれば長い懲役に行くことになる。」などと申し向け、丁山が「社長、こうなったら相手の組に香典やら見舞金やら詫び料なんかで二億五〇〇〇万円は用意してもらわないといけない。金を払って早く詫びを入れた方がいい。早く金を作れ。」などと申し向けて、こもごも、金銭の交付を要求した。

更に、同月二〇日ころの午後五時ころ、丁山が原告に電話をして、「社長もう一回向こうの連中と話し合ったら二億五〇〇〇万円じゃ足りないことになった。相手の組の方から三億でないと手打ちをしないと言ってきた。三億円間違いなく用意しろ。」、「早く金を作らないと、戊山はあのとおり気が短いから、社長に何するかわかんねえぞ。」などと申し向け、更に同月下旬には、丙山、丁山および戊山が、船橋市内のファミリーレストラン「すかいらーく」で原告に会い、原告に対し、「早く金を相手の組に持って行かないと喧嘩になる、一日も早く金を作れ。」、「社長が銀行から金を借りられないというのであれば、今俺たちがやっている神保町の一五〇〇坪の物件があるから、その物件を社長が買うということで銀行から金を借りろ。」などと申し向け、強く金銭の交付を要求し、同年九月初めころには、丁山が原告に電話をして、「九月六日までに東京の相手の組事務所に持って行くことが決まった。それまでに三億円そろえろ。」などと申し向け、更に、同月六日には、丁山が原告に電話をして、「一日だけ延ばしてもらうが、手ぶらじゃ行けない。とりあえず明日中に五〇〇万円作れ。残りも来週の頭には用意しろ。」などと申し向け、金銭の交付を執拗に要求した。

こうして、丙山、丁山、及び戊山は、畏怖した原告から、同月七日、丁山において現金五〇〇万円の交付を受け、また、同月一一日、丁山名義の千葉銀行幕張支店の普通預金口座に二億九五〇〇万円の振込送金を受けた。

右五〇〇万円は、丁山と戊山が一五〇万円ずつを取得し、丙山が残額二〇〇万円を取得し、また、右二億九五〇〇万円は、丙山及び丁山が一億円ずつを取得し、戊山が残額九五〇〇万円を取得した。

6  本件恐喝行為後の経過

(一)(1) 丙山は、本件恐喝行為によって取得した合計一億〇四〇〇万円を、ギャンブル、飲食代金、借金の返済、知人への貸金等に使用した。

(2) 丁山は、本件恐喝行為によって取得した合計一億〇二七五万円を自動車や、貴金属の購入、飲食代金、競馬競艇の資金、借金の返済、知人への貸金等に使用した。

(3) 戊山は、本件恐喝行為によって取得した合計一億一五七五万円を、ギャンブル、賭博の借金の返済、自動車や時計の購入、飲食代金等に使用した。

(二) ところが、丁山及び戊山は、重ねて原告から金銭を喝取することを企て、翌平成二年四月二六日、原告に対し、「戊山の頭がおかしくなった。お前のために戊山があんなふうになってしまった。戊山のところの若衆が怒っている。」、「一三億円出せ。出さなきゃどうなるかわかんないぞ。」などと申し向けて、更なる金銭の交付を要求したが、原告がこれを警察に届け出たため、その目的を遂げず、丙山らは逮捕されるに至った。

(三) その後、平成二年一二月一九日、丙山、丁山及び戊山は、いずれも、千葉地方裁判所において、本件恐喝行為につき各懲役六年に処せられ、服役した。

(四) 被告は、右服役中、丙山及び丁山を山本組から除名する旨の処分をし、これを同人らに通知したが、戊山については、同人の弁解を聞いていないとして、未だ処分をしていない。

(五) 原告は、警察に被害届けを出した後もしばらくの間はなお戊山が自称秋田組組員を射殺したものと思っていたが、やがてそれが虚偽であることを理解するに至った。

以上の事実が認められる。原告並びに丙山、丁山及び戊山の各本人尋問の結果中右認定に反する部分は、いずれも、にわかに措信し難い。

二  右認定について

被告は、右認定に対して、「原告が丙山らにした本件依頼の内容は、自称秋田組組員をけん銃で殺害することであった。丙山らが引き受けた行為の内容も、自称秋田組組員を殺害することであって、単に同人と面談して同人を原告の会社に来させないようにするということではなかった。」旨を主張する。他方、原告は、その本人尋問において、「丙山らに依頼した行為の内容は、自称秋田組組員と話し合って円満に解決するということであり、暴力を振るうことや脅迫をすることまでは依頼していなかった。」旨を供述する。

たしかに、原告は、被告主張のとおり、自称秋田組組員を射殺したとして金銭を繰り返し要求する丙山らに対して、これを警察に届け出ることもなく、合計三億二二五〇万円もの大金を言われるままに交付している。

しかしながら、①丙山、丁山及び戊山は、いずれも、捜査段階においては、原告から自称秋田組組員の殺害を依頼されたとは供述していなかったのであり(少なくとも、司法警察員及び検察官に対する各供述調書にはその旨の記載がない。)、丙山らがそのことを初めて言い出したのは、自己の刑事裁判における被告人質問の段階であること(甲A二の19ないし21)、②本件訴訟における丙山らの供述は、原告から自称秋田組組員の殺害を依頼されたといういきさつ等について、なおあいまいであること、③そして、そもそも、「人の女に手を出してただじゃ済まねえぞ。組長は納得したが、俺は納得できない。小さな額じゃ済まねえぞ。」などと脅されただけで、原告がたやすく同人の殺害を考えてこれを依頼するとは、たとえ原告がそれまで暴力団員である丙山らと付き合っていたとしても、にわかに首肯し難いものであること、④仮に、原告が丙山らに対して自称秋田組組員の殺害を依頼したとすれば、かかる行為については当然に報酬の額が決められたはずであろうから、そうとすれば、丙山らにおいては端的に殺人の報酬として金銭を請求すればよいのであって、わざわざ、死体の後始末費用、逃亡のための借金返済資金、相手方組織との手打和解費用などという小刻みな金銭の支払いを要求する必要はなかったのである。以上の点を考慮すると、原告が丙山らにした本件依頼の内容は、自称秋田組組員の殺害ではなく、前記認定のとおり、自称秋田組組員に対し暴力団山本組の威力を示して自己に対する金銭的要求を無償で断念させることであったと認めるのが相当である。

一方、原告においても、丙山らに「自称秋田組組員が会社に来たり電話をかけて来たりすることのないようにして欲しい。」旨を依頼する以上(原告本人の供述)、暴力団員である丙山らが本件面談威圧行為のごとき行為に及ぶかもしれないことは当然に予想したであろうから、それにもかかわらず右の依頼をした以上、本件面談威圧行為のごとき行為すなわち自称秋田組組員に対し暴力団山本組の威力を示して自己に対する金銭的要求を無償で断念させることを依頼したものと認むべきである。

原告及び被告のこの点に関する主張はいずれも採用することができない。

第三  当事者の主張

一  原告の主張

1  被告の使用者責任

原告は、山本組組員である丙山らが犯した本件恐喝行為(不法行為)について、組長である被告の使用者責任を追及するものである。被告がたとえ本件面談威圧行為の存在を当時知らず、本件面談威圧行為が丙山らの独自の判断によって行われ、そして、本件面談威圧行為が丙山らの計算において行われたとしても、なお組長たる被告に民法七一五条一項本文の使用者責任があると主張するものである。

(一) 被告の事業

(1) およそ暴力団においては、組長と組員は厳格な擬制的親子関係又は擬制的兄弟関係で結ばれており、組長は組員に対してその全人格を絶対的に支配し統制しているものである。

(2) 暴力団は、市民生活における経済的利益を暴力的に収奪することを目的としており、それを達成するためにはどのようなことでもする団体である。そのために、強力な組織を維持し、その強化拡大を図り、そして、その組織の威嚇力を用いてありとあらゆる収益活動を行うのである。

暴力団は、ひと昔前の市民生活の影の部分に遠慮がちに棲息していた時代から、今や、市民生活の表の部分に我がもの顔で登場してくる時代へと変貌を遂げているのであり、市民の日常的な経済活動の分野に、巧妙かつ大胆に柔軟かつ威嚇的に進出してきているのである。暴力団におけるこの「威嚇力」すなわち「威力」こそ暴力団の活動を支える根本的にして特徴的な要素であって、この「威力」なくして暴力団の活動は成り立たないのである。暴力団はそれ自体が社会的に不必要な存在であるのみならず、今や、市民生活に対する大きな恐怖となっているのである。、

この暴力団を主宰する者がその長たる組長であり、暴力団による経済的利益の暴力的収奪は、まさに組長による経済的利益の暴力的収奪にほかならない。暴力団の組長は、かかる目的を達成するために、多数の前科ある組員を擁し、組の勢力を維持拡大して、組の威力を背景に種々の収益活動を行い又は組員をしてこれに従事させ、更に、組員自身に対しても、組の威力を利用してその個人的なしのぎ活動を行うことを許容しているのである。暴力団組長が大邸宅に住んで贅沢な暮らしをしていることは、改めて指摘するまでもない。

(3) 暴力団山本組の組長たる被告もまた同様であって、組員たる丙山らを全人格的に支配し統制しており、その目的もまた「市民生活における経済的利益を暴力的に収奪すること」にあるのであって、そのために、三十余名の組員を支配下におき、そして、山本組の威力を背景に種々の収益活動を行い又は組員をしてこれに従事させ、更に、丙山ら組員に対しても、同人らが山本組の威力を利用してその個人的なしのぎ活動を行うことを許容していたのである。これらがまさに民法七一五条一項本文にいう「被告の事業」にほかならない。

(4) なお、山本組はいわゆる権利能力なき社団ではない。被告を離れて山本組は存在せず、被告を離れて山本組は機能しない。山本組は被告の絶対的支配下においてのみ存在し機能する団体である。

(二) 被告の使用者性

被告は、右のとおり、経済的利益を暴力的に収奪することを目的とする山本組の組長であり、そのために、三十余名の組員をその支配下において、同人らを二四時間全人格的に支配し統制していたのである。そうとすれば、被告は組員に対して広範な指揮監督権を有するとともに指揮監督義務をも有していたものであって、被告は丙山らの「使用者」であったのである。

(三) 本件面談威圧行為の事業執行行為性

(1) 被告は、前記のとおり、経済的利益を暴力的に収奪することを目的とする山本組の組長であり、そのために、三十余名の組員をその支配下におき、山本組の威力を背景に種々の収益活動を行い又は組員をしてこれに従事させ、更に、丙山ら組員自身に対しても、同人らが山本組の威力を利用してその個人的なしのぎ活動を行うことを許容していたのである。

(2) 暴力団組員は、暴力団組織の中に組み込まれた使い捨ての一部品(人的パーツ)にすぎず、それ自体は決して独自の存在意義を有するものではない。いわば、組長の意思どおりに動く手足にすぎないのである。

しかも、組員に対して組長から定期に一定額の金銭が支給されることはなく、そのため、組員は、自己や家族の生活を支えるために何らかの方法によって金銭を得ることすなわちしのぎ活動をすることを余儀なくされているのである。

(3) ところで、現実に日々営まれている組員の個々の活動について、これを行為類型ごとに分類すれば、①組織の維持拡大のために行う活動(例えば、対立する組との抗争行為、組織から離脱しようとする者に対する指詰め等の強要行為)、②暴力団の威力を利用し又は利用することを予定して行うしのぎ活動(暴力団的しのぎ活動)(例えば、債権の取立て、示談への介入、家屋の占有、みかじめ料の徴収)、③暴力団の威力を利用せずむしろこれを隠して行うしのぎ活動(カタギ的しのぎ活動)(例えば、飲食店の経営、不動産業や金融業の経営)、④そして、全く私的な日常生活活動(例えば、日用品の購入)、の四つに分けることができる。そして、②と③は、さらに、そのしのぎ活動が組長の名義と計算において行われる場合(すなわち、その収益と損失が全部組長に帰属する場合)と、組員個人の名義と計算において行われる場合(すなわち、その利益と損失が組長に帰属せず、全部組員個人に帰属する場合)とに分けられる。前者を「直営しのぎ」と呼び、後者を「個人しのぎ」と呼べば、前記②の「暴力団的しのぎ活動」は、更に、「暴力団的直営しのぎ活動」と「暴力団的個人しのぎ活動」とに分けられることとなり、前記③の「カタギ的しのぎ活動」は、更に、「カタギ的直営しのぎ活動」と「カタギ的個人しのぎ活動」とに分けられることとなる。また、「カタギ的しのぎ活動」や「私的日常生活活動」の過程においても突発的に暴力団の威力を利用したしのぎ行為が行われることもある。

(4) 本件面談威圧行為は、右①ないし④の内の②の「暴力団的しのぎ活動」に入るものであり、その中でも、「暴力団的個人しのぎ活動」にあたるものである。すなわち、本件面談威圧行為は、山本組の威力を利用して行われたしのぎ活動であったが、しかし、それは、被告の名義と計算において行われたものではなく、丙山らの名義と計算において行われたものであった。

(5) そこで、問題は、「暴力団的しのぎ活動」をなお「被告の事業の執行」ということができるかであるが(もし、本件面談威圧行為が「暴力団的直営しのぎ活動」にあたれば、それは「被告の事業の執行」にあたることは明らかである。)、本件面談威圧行為が次の三つの要件を充たす以上、本件面談威圧行為はなお組長たる「被告の事業の執行」にあたるものというべきである。その三要件とは、次のとおりである。

ア 被告が山本組の威力の利用を組員に許容していたこと

暴力団においては、本来組長のみがその暴力団の威力すなわち代紋の威力を使用することができる。しかし、暴力団においては、組長は、この組長の専権的使用に属する暴力団の威力の使用を組員にも許容しており、組員がその威力を利用して各種の個人的なしのぎ活動を行うことを予め一般的に許容しているのである。

山本組においても同様であっって、組長たる被告は、組員がその個人的なしのぎ活動を行うにあたり「山本組」の名前を利用したり「山本組」の名前の入った名刺を使用したりして山本組の威力を利用することを予め一般的に許容していたのである。むしろ、被告は、組員が山本組の威力を最大限に利用してしのぎ活動を行うことを組員の「職務」としていたのである。被告によるこの「山本組の威力を利用することの許容」こそ、本件面談威圧行為を「被告の事業の執行」ととらえる最大の要素である。

本件面談威圧行為も、前記のとおり、自称秋田組組員に対して山本組の威力を最大限に利用して行われており、そして、それは、被告の予め一般的に許容するところであったのである。

イ 本件面談威圧行為によって被告が経済的利益を得ること

たとえ、本件面談威圧行為が丙山らの名義と計算においてその個人的なしのぎ活動として行われたとしても、被告は、なお、本件面談威圧行為によって経済的利益を得る関係にあった。

すなわち、①被告は、組員が山本組の威力を利用して個人的なしのぎ活動を行った場合、その利用の対価として、その利益の一部を上納させていたのであり、本件面談威圧行為についても、丙山らが原告から報酬を得た場合には、被告は、その報酬の一部を「山本組の威力の利用料」すなわち「代紋の威力の利用の対価」として上納させ(被告のいう定期的な会費及び不定期的な義理がけとして)、これを取得する関係にあったのであり(積極的経済的利益)、②また、丙山らが本件面談威圧行為によって報酬を得た場合には、それによって、被告は、本来自己が負担すべき丙山らの生活費の支給を免れることができる関係にあったのである(消極的経済的利益)。

なお、たとえ、被告が組員からの上納金を個人的に費消することがなく、それを組事務所の維持費用として使用していたとしても、それは、被告の経済的利益を否定する理由とはならない。組事務所の維持経費は本来組長である被告が全額負担すべきものだからである。

ウ 本件面談威圧行為によって被告が非経済的利益を得たこと

たとえ、本件面談威圧行為が丙山らの個人的なしのぎ活動として行われたとしても、被告は、本件面談威圧行為によって非経済的利益を得たものであった。すなわち、丙山らは組長である被告にその全人格を二四時間にわたって支配されていたのであるが、「山本組」の名前を使用することにより首尾よく本件面談威圧行為を実行することができたことにより、ますます強くその全人格的な支配を被告に委ねることとなり、逆に、被告は、丙山らの全人格的支配をますます強固なものとすることができたのである。更に、被告は、丙山らが「山本組」の名前を使用して本件面談威圧行為を敢行したことにより、地域住民や他の暴力団組織に対しても、その「山本組」の存在を強くアピールすることができ、被告の「名声」と「評価」をより一層高めることができたのである。

(6) 本件面談威圧行為は、右の三要件を充足することにより、「被告の事業の執行」といえるのであるが、たとえ、それが被告の不知の間になされたとしても、本件面談威圧行為はなお「被告の事業の執行」ということができる。なぜなら、被告が個々の具体的な事業の執行行為についてまで丙山らを指揮監督することができたことは必要ないからである。

(四) 本件恐喝行為の事業執行行為関連性

(1) 本件恐喝行為は、本件面談威圧行為につきなされたものである。民法七一五条一項本文の「事業ノ執行ニ付キ」の判断は、いわゆる事実行為的不法行為については、「事業の執行行為を契機とし(時間的接続性)これと密接な関連(原因・動機の密接関連性)を有すると認められるか否か」によって判断されるのであるが、本件恐喝行為は、本件面談威圧行為の過程において行われており、その原因は、原告が自称秋田組組員からつけられた「人の女に手を出した。」との不当な因縁と金銭的要求に対してその解決を丙山らに依頼したことにあり、丙山らの本件恐喝行為の動機は、本件面談威圧行為の報酬を払ってくれそうにもない原告からあえて金銭を取得しようとしたことにあるのであって、本件恐喝行為が本件面談威圧行為を契機としてなされかつこれと密接な関連を有することは明らかである。

(2) もっとも、本件恐喝行為は、本件面談威圧行為の相手方である自称秋田組組員に対して向けられたものではなく、本件面談威圧行為の依頼者である原告に向けられたものであるが、丙山らは本件面談威圧行為の報酬を当然に原告に請求できたのであるから、原告に向けられた本件恐喝行為は、なお本件面談威圧行為を契機としてなされかつこれと密接な関連を有するものというべきである。

2  「不法原因給付」に対して

被告は、原告による本件三億二二五〇万円の交付が不法原因給付にあたる旨を主張する。しかし、原告は、丙山から恐喝されて本件三億二二五〇万円を交付したものであるから、原告の本件三億二二五〇万円の交付にはそもそも任意性がなく、民法七〇八条本文の「給付」とはいえないものであるが、この点をおいても、不法の程度は原告に比して丙山らにより多く存するものであるから、原告は、なお丙山らに対して本訴損害賠償の請求をなし得るものである。

二  被告の主張

1  「被告の使用者責任」に対して

(一) 「被告の事業」に対して

山本組は任侠団体であって決して暴力団ではない。たしかに、山本組においては、組長と組員は擬制的な親子関係又は擬制的な兄弟関係で強く結ばれており、それは真実の親子関係又は真実の兄弟関係以上に固いものであるが、しかし、それだからといって、被告が組員の全人格を絶対的に支配し統制しているわけではない。そのようなことはおよそできるはずがないのである。

山本組は任侠団体であって暴力団ではない。山本組は、義理人情を重んじ弱きを助け強きをくじく思想信条を持った者が集る団体であって、集団的又は常習的に暴力的不法行為等を行う者が集まる団体ではない。かかる山本組に「経済的利益を暴力的に収奪する」目的があるわけがなく、また、その資金獲得のための収益活動というものがあるわけでもない。山本組の目的は、強いていえば、「任侠道の修養」にあるのであって、組員個人は、それぞれが、その才覚と責任において生計を維持しつつ「任侠道の修養」に邁進していたのであり、組長たる被告は組員のしのぎ活動には一切干渉していなかったのである。

更に、「山本組」は被告とは別個独立の社会的存在であって、被告そのものではない。原告は山本組と被告とを同一視するが、山本組は、仮に被告がその組長を辞してもなお存続する団体であって、決して組長個人の私物ではない。

(二) 「被告の使用者性」に対して

山本組は任侠団体であり、組長と組員は擬制的な親子関係又は擬制的な兄弟関係で強固に結ばれているが、しかし、それだからといって、組長である被告が組員である丙山らを全人格的に絶対的奴隷的に支配し統制しているわけではない。被告は、古来の伝統的な親子兄弟の関係を超えて組員を指揮監督しているわけでもない。この伝統的な親子兄弟の関係を使用者被用者の関係ととらえることは、まことに滑稽であって、被告は丙山らの「使用者」では決してないのである。

なお、被告は、本件面談威圧行為当時、専ら千葉市内の中台組の組事務所につめており、船橋市の山本組の事務所には月に一〜二回顔を出す程度であって、山本組の日常の運営は舎弟の竹之内茂男にまかせていた。

(三) 「本件面談威圧行為の事業執行行為性」に対して

(1) 前記のとおり、山本組においては、個々の組員はそれぞれがその才覚と責任において生計を維持するものとされており、組員はそのしのぎ活動を個人的に行っていたのであり、それについて組長が容喙し干渉するということはなかった。組長自身も自己の才覚と責任においてしのぎ活動を行っていたのであり、したがって、被告は、丙山らがどのようなしのぎ活動をどのように行っていたかを全く知らず、それについての報告を求め受けたこともなかった。

本件面談威圧行為についても、被告は全くその存在を知らず、その報告を受けたこともなかった。本件面談威圧行為は、丙山らが被告に事前に告げることなくその独自の考えと判断によって、かつ、その計算において個人的に行ったものであって、山本組とは何ら関係がなく、「被告の事業の執行」とは到底いえないものである。丙山らにおいても、本件面談威圧行為が「被告の事業の執行」であるとは全く思っていなかったのである。

(2) なお、原告が丙山らに依頼し丙山らが引き受けた本件依頼の内容は、自称秋田組組員をけん銃で殺害することであった。それ故にこそ、原告は、自称秋田組組員を射殺したことを理由に自己を恐喝してきた丙山らに対して合計三億二二五〇万円もの大金をいとも簡単に交付しているのである。丙山らが引き受けた行為の内容が殺人行為である以上、それに基づいてなされた本件面談威圧行為は、もはやいかなる意味においても「被告の事業の執行」とはいえないのである。

(3)ア 「被告が山本組の威力の利用を組員に許容していたこと」に対して

被告が組員に対し予め一般的に山本組の威力を利用してしのぎ活動をすることを許容していたことはない。また、どんな違法なことをしてでもしのぎ活動をしてよいとも言ったことはない。

丁山は、自称秋田組組員が「住吉会の秋田組」と名乗ったことに対応して、自らも「稲川会の山本組」と名乗ったものであって、自己の方から積極的に「稲川会の山本組」と吹聴したわけではない。

イ 「本件面談威圧行為によって被告が経済的利益を得ること」に対して

被告が本件面談威圧行為によって経済的利益を得る関係にあったことはない。被告は、組員がそのしのぎ活動をしたことによって得た利益を一度も吸い上げたことはなく、また、その要求をしたこともない。たしかに、会費として幹部組員から一定額の金銭が納入されているが、しかし、それは、全額組事務所の維持経費の一部として使用されているのであって、被告がこれを個人的に費消したり着服したりしたことはない。もし、組長が組員の個人的なしのぎ活動による利益をピンハネして吸い上げているとすれば、そのような組は、組員の脱退が続出して成り立っていかないであろう。

ウ 「本件面談威圧行為によって被告が非経済的利益を得ること」に対して

被告が本件面談威圧行為によって原告主張のような非経済的利益を得たことはない。被告の「名声」と「評価」が高まった事実も全くない。

(四) 「本件恐喝行為の事業執行行為関連性」に対して

本件恐喝行為は、本件面談威圧行為と密接な関連を有するものではない。本件恐喝行為は丙山らの原告に対するそれまでの嫌悪と反感の情がその基本的な動機となって敢行されたものであり、それがたまたま本件面談威圧行為の際に顕在化したにすぎないのである。本件恐喝行為は本件面談威圧行為とは無関係である。

また、本件恐喝行為は本件面談威圧行為の相手方である自称秋田組組員に対して向けられたものではなく、本件面談威圧行為の依頼者である原告に向けられたものである。この点からも、本件恐喝行為は本件面談威圧行為につきなされたものとはいえない。

なお、本件恐喝行為は任侠道に背くものであったため、被告は、丙山らを破門の処分とした。

2  不法原因給付(被告の抗弁)

原告は、丙山らに対して、自称秋田組組員をけん銃で殺害することを依頼した。少なくとも、原告は、丙山らに対して、自称秋田組組員をけん銃で脅迫することを依頼した。そうであるとすれば、本件三億二二五〇万円の交付は原告の犯罪依頼に派生してなされたものであって、原告は民法七〇八条本文にいう「不法ノ原因ノ為メ給付ヲ為シタル者」にあたるものである。原告は、被告に対して本訴損害賠償を請求することができない。

第四  当裁判所の判断

一  被告の使用者責任について

民法七一五条一項本文は、「或事業ノ為メニ他人ヲ使用スル者ハ被用者カ其事業ノ執行ニ付キ第三者ニ加ヘタル損害ヲ賠償スル責ニ任ス」と規定している。

そこで、本件においては、本件恐喝行為(原告に対する加害不法行為)がいわゆる事実行為的不法行為であることに鑑み、(1)まず、暴力団山本組の組長たる「被告の事業」について検討し、(2)次いで、本件恐喝行為の実行行為者である丙山らが被告の「被用者」といえるか否かすなわち被告が丙山らの「使用者」といえるか否かを検討し、(3)そして、本件面談威圧行為が「被告の事業の執行」にあたるか否か(事業執行行為性)を検討した上、(4)最後に、本件恐喝行為が被告の事業の執行に「付キ」なされたものであるか否か(事業執行行為関連性)を検討することとする。

1  「被告の事業」について

(一) 民法七一五条一項本文の「事業」とは、「仕事」又は「活動」というほどの意味であり、その「仕事」又は「活動」は、それが継続的なものであろうと一時的なものであろうと(最高裁昭和五六年一一月二七日第二小法廷判決・民集三五巻八号一二七一頁参照)、また、合法なものであろうと違法なものであろうとを問わない。

(二)(1) 被告は、前記認定のとおり、丙山らによって本件面談威圧行為がなされた平成元年七月当時、暴力団稲川会大草一家中台組内山本組の組長であったものであり、稲川会専務理事の役職にも就き、中台組の若頭をも兼ねていて、その支配下に三〇余名の組員をおき、JR津田沼駅周辺を縄張りとしていた。

(2) ところで、暴力団においては、その組長を擬制的な親又は兄とし、組員を擬制的な子又は弟として、この擬制的親子間又は擬制的兄弟間に絶対的な上命下服の関係を敷き、親又は兄たる組長は子又は弟たる組員の全人格を支配し、子又は弟たる組員は親又は兄たる組長の指示命令に絶対的に服従して忠誠を誓うことを根本的な規律としている。すなわち、組長は組員の全人格を支配しているのである。組員が組長の命により対立する組織の組員を殺傷し、組員が組長の暗示によって身代わり犯人になろうとすることのあることは、我々のよく知るところである。(甲A一二、証人吉田英法、同宮﨑乾朗)

暴力団においては、その組織の維持拡大のために、組員となるべきことの誘いや強制が執拗に行われ、組員となった後はその離脱を防止するために指詰め等の行為が強要されもしている。

また、暴力団においては、その組織の維持拡大のために、資金獲得活動も盛んに行われており、それは、飲食店の経営、不動産業の経営、建設業の経営等の合法的な活動から、賭博開張行為、のみ行為、みかじめ料徴収行為等の非合法な活動まで、幅広い範囲に及んでいる。(甲A一二、証人吉田英法、同宮﨑乾朗)

そして、近時、暴力団は、互いにその勢力を拡張しようとして抗争を繰り返しており、けん銃を発射するなどして一般市民をも巻添えにしている。(甲A五三)

これらを総合すると、暴力団の「事業」すなわち「活動」は、暴力団を主宰する組長の「事業」すなわち「活動」にほかならず、それは、広く、「自己を長とする暴力団組織の勢力を維持拡大するために行う種々の活動一般」と認めるのが相当であって、その活動の中心的なものが、「組織の人的充実活動」すなわち「組員の獲得活動」と「組織の物的充実活動」すなわち「資金の獲得活動」であり(原告のいう「直営しのぎ」はこれにあたる。)、これに不可欠なものとして「組織防衛活動」が加わり、これらの活動のために、組長は、多くの組員をその支配下におき、支配下においた組員を人的攻撃防御方法となし、暴力団のもつ威嚇力を使用しあるいは使用しないで各種の収益活動を行い又は組員をしてこれに従事させているのである。

(3) 本件「山本組」についても、証人瀧栄市の証言、被告本人尋問の結果並びに分離前の相被告丙山、同丁山及び同戊山の各本人尋問の結果を総合すれば、組長たる「被告の事業」すなわち「被告の活動」は、広く、「山本組の勢力を維持し拡大するためにこれを目的として行う種々の活動一般」と認めるのが相当であって、その中心的なものが、「組員獲得活動」、「資金獲得活動」、「組織防衛活動」であり、そのために、被告は、組員となろうとする者との間に擬制的な親子関係や擬制的な兄弟関係を結んでその者を組員とし、その全人格を支配し、本件当時には三〇余名の組員をその支配統制下においてこれを山本組の人的攻撃防御方法となし、そして、山本組の威嚇力を使用しあるいはこれを使用しないで収益活動を行っていたものと認められる。

(三)(1) これに対して、被告は、「山本組は任侠団体であり、義理人情を重んじ弱きを助け強きをくじく思想信条を持った者が集まる団体であって、暴力団では決してない。」旨を主張する。

しかし、仮に被告がそのような思想信条を持ち、これを大事にしているとしても、そのことは何ら被告の活動を右のように認定することの妨げとなるものではない。けだし、被告のいう任侠道は右の認定と矛盾するものではないのみならず、むしろ、被告のいう任侠道も、ひっきょう、「山本組」なる組織が存続してその活動資金が十分に蓄積されることを当然の前提としているからである。

被告の右主張は採用することができない。

(2) また、被告は、「山本組は被告とは別個独立の社会的存在であって、被告そのものではなく、被告の私物でもない。」旨を主張する。

しかし、山本組は被告の一存でいかようにも動く団体であって、山本組の意思はすなわち被告の意思にほかならず、そこには多数決の原理が働く余地は全くないから、山本組を被告とは別個独立の社会的存在であると認めることはできない。

被告の右主張も採用することができない。

2  被告の使用者性について

(一) 民法七一五条一項本文の「他人ヲ使用スル者」とは、「他人に対して指揮監督をなすべき関係にある者」の意である。その指揮監督をなすべき関係は、雇用契約等の有効な契約に基づいて発生したものであろうと事実上発生したものであろうと、また、直接的に発生したものであろうと間接的に発生したものであろうとを問わない。

(二) 被告は、前記のとおり、本件面談威圧行為当時、暴力団稲川会大草一家中台組内山本組の組長の地位にあったものであり、組員との間に擬制的親子関係又は擬制的兄弟関係を結んで、組員の全人格を支配し、「被告の事業」すなわち「組員獲得活動」、「資金獲得活動」、「組織防衛活動」等に従事させていたものであり又は従事させることができたものであり、また、従事させた組員を指揮監督してそれを遂行させ又は遂行させることができたものである。むしろ、山本組における組員の権限や役割が必ずしも明確には定められておらず、最終的な意思決定の多くを組長たる被告が掌握していたことに鑑みると、被告は、組員の全人格を支配する者として、「被告の事業」につき、組員を指揮監督すべき義務をも負っていたものというべきである。

(三) ところで、本件面談威圧行為は、前記第二の一4(一〇)に認定したとおり、丙山らがその独自の判断と計算においてその個人的なしのぎ活動として行ったものであり、被告の指示ないし命令によって行われたものではなく、また、被告の計算において行われたものでもない。したがって、本件面談威圧行為を「被告の事業」の中心的なものたる前記「組員獲得活動」、「資金獲得活動」、「組織防衛活動」のいずれかにあたるものということはできない。本件面談威圧行為は、それを組長たる被告の立場からみれば、自己の本来的な事業ではなく、いわば、組員がその生計を維持するために行う組員の事業なのである。

しかし、そうであるとしても、なお、本件面談威圧行為について、被告は丙山らの「使用者」であったものというべきである。なぜなら、①後記のとおり、被告は、組員に対して、組員が「山本組」の名前を使用しその威嚇力を用いて各種の個人的なしのぎ活動をすることを許容していたのであり、本件面談威圧行為はその予め許容していた個人的なしのぎ活動の範囲内にあり、「被告の事業の執行」にあたり、②そして、被告は、組員の全人格を支配する者として、また、「山本組」の名前ないしはその威嚇力の使用を許す者として、その許容した範囲内の個人的なしのぎ活動についても、組員を指揮監督すべき関係にあったからである。

(四)(1) 被告は、これに対して、「本件面談威圧行為当時、被告は専ら千葉市内の中台組の事務所につめており、船橋市の山本組の事務所には月に一〜二回程度顔を出す位であり、山本組の日常の運営はこれを筆頭舎弟の竹之内茂男にまかせていた。」旨を主張する。

しかし、そうであったとしても、それをもって被告の組員に対する全人格的な支配がなくなったものということはできず、「山本組」の名前の使用ないしはその威嚇力の使用を許した者としての指揮監督義務がなくなったものということもできないから、被告の右主張は採用することができない。

(2) また、被告は、「本件面談威圧行為は被告の不知の間になされたものであるから、被告が丙山らを指揮監督することはできなかった。」旨を主張する。

しかし、そうであったとしても、それをもって被告が丙山らの「使用者」でなかったということはできない。なぜなら、本件面談威圧行為につき被告が丙山らの「使用者」であったというためには、被告が丙山らの個人的なしのぎ活動について指揮監督すべき規範的関係にあれば足り(その関係があったことは前示のとおりである。)、具体的な個々のしのぎ活動についてまで実際に丙山らを指揮監督することができたことは必要ないからである。

3  本件面談威圧行為の事業執行行為性について

そこで、丙山らによってなされた自称秋田組組員に対する本件面談威圧行為が組長たる「被告の事業の執行」といえるか否かについて検討する。

(一) たしかに、①本件面談威圧行為は被告の指示ないし命令によって行われたものではなく、被告の不知の間に丙山らの判断によって行われたものであり(もし、本件面談威圧行為が被告の指示ないし命令によって行われたものであれば、本件面談威圧行為は容易に「被告の事業の執行」にあたることになろう。)、②しかも、本件面談威圧行為は丙山らの計算においてその個人的なしのぎ活動として行われており(すなわち、本件面談威圧行為によって生ずる利益と損失は全て丙山らに帰属し、被告には帰属しないものとされていた。もし、本件面談威圧行為による利益と損失が全て被告に帰属するのであれば、本件面談威圧行為が「被告の事業の執行」にあたることは否定できないであろう。)、③また、本件面談威圧行為によって被告が直接的に経済的利益を得る関係にあったとまでは認められず、被告が事後に直接的経済的利益を得たことを認めるに足る証拠もない。

更に、本件証拠上、被告が本件面談威圧行為前に組員の個人的なしのぎ活動から生じた利益の一部を組に上納させてこれを取得していたこと、すなわち、山本組において組員の個人的なしのぎ活動の利益をピンハネしていたことを認めるに足る証拠はなく、むしろ、前記第二の一2(一)に認定のとおり、被告は、組員の個人的なしのぎ活動には口を出さず、組員のなすがままにまかせて、その利益も組員個人に取得させていたものと認められる。

(二) しかしながら、そうであるとしても、次の諸点を考慮すると、本件面談威圧行為は、それが丙山らの個人的なしのぎ活動であるとともに、なお山本組組員としての活動すなわち「被告の活動」であり「被告の事業の執行」でもあると認めるのが相当であって、本件面談威圧行為は両者の性質を兼ね備えているものというべきである。すなわち、

(1) 「山本組」がもつ威嚇力の使用

本件面談威圧行為は、前記認定のとおり、原告から本件依頼(自称秋田組組員に対し暴力団山本組の威力を示して原告に対する金銭的要求を無償で断念させて欲しい旨の依頼)を受けた丙山らが、これを引き受け、自称秋田組組員を呼び出して人気のない場所に車で連れて行き、丁山らを稲川会山本組の組員であると知っている自称秋田組組員に対して、山本組の威嚇力を背景に、「てめえ何のつもりで来たか知らねえが、本物のやくざをなめるんじゃねえぞ。てめえ殺されてえのか。」、「てめえ今度来たらぶち殺すぞ。」、「山に埋めてしまうぞ。」などと怒鳴りつけて脅迫し、同人をして二度と原告のもとに来ない旨、二度と原告に対して金銭的要求をしない旨を確約させたというものであって、本件面談威圧行為においては、暴力団たる「山本組」の名前とその威嚇力がその手段として十分に使用されており、もとより丙山らにおいてもそれを意識して使用したものであり、自称秋田組組員もまたそれに畏怖したものであった。

(2) 「山本組」がもつ威嚇力の使用の許容

被告は、前記のとおり、組員との間に擬制的親子関係又は擬制的兄弟関係を結んで、その全人格を支配していたものである。

しかし、被告本人尋問の結果並びに分離前の相被告丙山、同丁山及び同戊山の各本人尋問の結果によれば、被告は、組員の全人格を支配する代わりに、組員に対し、組員が「山本組」の名前を使用して各種の個人的なしのぎ活動を行うことを許容していたものと認められる。すなわち、被告は、組員に対して、組員を「被告の事業」すなわち「組員獲得活動」、「資金獲得活動」、「組織防衛活動」等の被告の活動に従事させる傍ら、これに差支えのない限度において、組員が「山本組」の威嚇力を用いて各種の個人的なしのぎ活動を行うことを許容していたのである(被告が組員に「山本組」の名前の入った名刺を使用することを許していたことは、被告もその本人尋問で認めるところである。)。しかも、被告は、「山本組」の威嚇力を用いて組員が行う個人的なしのぎ活動の範囲について、それを特に制限していなかったのであり、むしろ広く許容していたものと推認され、その中には、示談交渉行為、債権取立行為、負債整理行為、明渡要求行為、いわゆる占有屋行為、みかじめ料徴収行為等も十分に含まれていたのである(もとより、組員の行う個人的なしのぎ活動の中には、「山本組」の威嚇力を用いないしのぎ活動もあったであろうが、それは、直接的には被告の許否とは関係のないものである。)。山本組組員が「山本組」の名前を使用して原告の経営するテレホンクラブからみかじめ料を徴収していたことは前記第二の一3(二)に認定のとおりであり、また、戊山が山本組の威力を背景に植木のリースをしていたことも、前記第二の一2(二)(3)に認定のとおりである。要するに、被告は、組員の全人格を支配する代償として、本来被告のみが使用できる「山本組」という名前の使用を組員にも許していたのであり、組員が「山本組」の威嚇力を用いて各種の個人的なしのぎ活動を行うことを許容していたのである。むしろ、組員の全人格を支配しながら金銭的な給付をしていない被告としては、組員が「山本組」という名前を使用しその威嚇力を用いて個人的なしのぎ活動を行い、それによって自己の生計を維持しつつ山本組組員の身分を継続することを望まざるを得なかったのである。しかして、被告は、少なくとも、その舎弟であり山本組の幹部であった丙山に対しては、相当に広い範囲での「山本組」の名前の使用を許容していたものと推認される。現に、丙山は、前記第二の一3(二)に認定のとおり、本件直前である平成元年四月ころには、大規模な野球賭博の開張を企図していたのである。

以上によれば、本件面談威圧行為も、予め被告が組員に対して許容していた「山本組」の威嚇力の使用による個人的なしのぎ活動の範囲内にあったものと認められる。

もっとも、本件面談威圧行為は、前記のとおり、自称秋田組組員を呼び出して人気のない場所に連れて行き、山本組の威嚇力を背景に、「てめえ何のつもりで来たか知らねえが、本物のやくざをなめるんじゃねえぞ。てめえ殺されてえのか。」などと怒鳴りつけて脅迫し、同人をして二度と原告に金銭的要求をしない旨を確約させたというものであって、その中心的行為は自称秋田組組員に対する脅迫行為(旧刑法二二二条一項)であるが、しかし、そうであっても、本件面談威圧行為はなお予め被告の許容した「山本組」の威嚇力の使用による個人的なしのぎ活動の範囲内にあったものというべきである。けだし、組員に対して暴力団「山本組」の威嚇力を使用して個人的なしのぎ活動をすることを許容する以上、組員が行き過ぎて脅迫行為に及ぶことは容易に予想のつくところであり、むしろ、組員に対して暴力団「山本組」の威嚇力を使用して個人的なしのぎ活動をすることを許容する以上、それはとりもなおさず、暴力団「山本組」の威力を示して相手方を脅迫することを許容することにほかならないともいえるからである。

(3) 「山本組」がもつ威嚇力の使用の責任

加えて、被告は、予め組員に対して許容していた「山本組」の威嚇力の使用による個人的なしのぎ活動についても、それによる責任、すなわち、それによる紛争が生じた場合の最終的責任を自己が組長としてとることを予め了承していたものと推認される。それが「山本組」の名前とその威嚇力の使用を許した暴力団組長としての当然の態度であると思料されるのみならず、それが当然の前提となっているからこそ、組員は、安んじて「山本組」の名前やその威嚇力を使用して各種の個人的なしのぎ活動をすることができるのである。実際にも、多くの組織において、組長が組員のしのぎ活動について責任をもっているのであり、このことは、組員の個人的なしのぎ活動が発端となって組どうしの抗争にまで発展することがしばしばあることからも窺知することができる。被告自身も、その本人尋問で、「組員が不始末をした場合には、取りあえずその兄貴分が責任をとるが、場合によっては自分が出て行くこともある。」旨を述べているところである。

本件面談威圧行為についても、それは被告が予め許容した「山本組」の威嚇力の使用による個人的なしのぎ活動の範囲内にあり、それ故に、最終的には組長たる被告が責任をもつべきものであり、また、もつことを了承していたものであった。

もっとも、たしかに、本件面談威圧行為は被告の不知の間に丙山らの独自の考えで行われたものであったが、そうであるとしても、本件面談威圧行為について被告が責任をもたないでよいことにはならない。なぜなら、被告は、予め組員に対して「山本組」の威嚇力を使用して個人的なしのぎ活動をすることを許容しており、そして、それによる最終的な責任を自己がもつことを了承していたからである。

(4) 本件面談威圧行為による被告の利益

被告は、組員の全人格を支配し、その代わりに、組員に対して「山本組」の名前を使用しその威嚇力を用いて個人的なしのぎ活動を行うことを許容していたものである。これを言い換えれば、被告は、組員に対して「山本組」の名前を使用しその威嚇力を用いて個人的なしのぎ活動を行うことを許容する代わりに、組員の全人格を支配していたのである。その支配に基づいて、被告は、ひとたび他の組との抗争が発生するや、いつでも組員を山本組の人的攻撃防御方法として使用することができたのである。被告は、組員に対して「山本組」の名前を使用しその威嚇力を用いて個人的なしのぎ活動を行うことを許容する対価として、右のような大きな利益を得ていたのである。

(5) 原告の意思

原告においても、本件面談威圧行為を決して個人としての丙山らに依頼したわけではなく、暴力団山本組の組員としての丙山らに依頼したものである。

(三) 右のとおり、本件面談威圧行為は、前記「組員獲得活動」、「資金獲得活動」及び「組織防衛活動」とは別個の「被告の活動」と認めるのが相当であって、結局、本件面談威圧行為は「被告の事業の執行」にもあたるというべきである。

4  本件恐喝行為の事業執行行為関連性について

(一)  民法七一五条一項本文の「事業ノ執行ニ付キ」とは、「事業の執行行為により」又は「事業を執行するについて」の意である。

(二)(1)  そこで、本件恐喝行為(不法行為)が被告の事業を執行するについてなされたものであるか否か、すなわち、本件恐喝行為が本件面談威圧行為を行うについてなされたものであるか否かを検討する(なお、本件恐喝行為が被告の事業の執行行為そのものであるかは、しばらくおく。)。

本件恐喝行為はいわゆる取引行為的不法行為ではなく事実行為的不法行為である。そうとすれば、本件恐喝行為が本件面談威圧行為を契機としてなされ、かつ、本件恐喝行為が本件面談威圧行為と密接な関連を有すれば、本件恐喝行為は被告の事業を執行するについてなされたものといい得ることとなる(最高裁昭和四四年一一月一八日第三小法廷判決・民集二三巻一一号二〇七九頁、昭和四六年六月二二日第三小法廷判決・民集二五巻四号五六六頁)。

(2)  たしかに、本件恐喝行為は、本件面談威圧行為の相手方である自称秋田組組員に対して向けられたものではなく、本件依頼(自称秋田組組員に対し暴力団山本組の威力を示して原告に対する金銭的要求を無償で断念させて欲しい旨の依頼)をした原告に対して向けられたものである。

(3)  しかし、本件恐喝行為は、前記認定のとおり、原告から本件依頼を受けた丙山らが、結局はただ働きになってしまうのではないかと考えたことから、本件依頼を逆手にとって、原告から金銭を喝取しようと企て、実際には、自称秋田組組員を脅迫して二度と原告に対して金銭的要求をしない旨を約束させたにすぎないにもかかわらず、原告に対しては、自称秋田組組員との面談交渉がこじれて同人をけん銃で殺害したかのように装い、そして、あたかも原告がその殺人の共犯者であるかのように申し向けて、畏怖した原告から、死体の後始末費用、逃亡のための借金返済資金、相手方組織との手打和解費用の名下に合計三億二二五〇万円を喝取したというものである。

そうとすれば、本件恐喝行為は本件面談威圧行為を契機としてなされかつこれと密接に関連しているものというべきであって、本件恐喝行為は被告の事業の執行につきなされたものというべきである。

5 以上のとおりであって、結局、被告は、その「事業」のために「他人」(組員丙山ら)を使用していたものであり、その「被用者」である丙山らが被告の「事業ノ執行ニ付キ」(本件面談威圧行為を契機としかつこれと密接に関連して)「第三者」たる原告に本件恐喝行為をなして損害を加えたのであるから、民法七一五条一項本文により、原告の被った損害を賠償すべきである。

二  不法原因給付について

被告は、原告が民法七〇八条本文にいう「不法ノ原因ノ為メ給付ヲ為シタル者」にあたると主張する。

しかし、原告の右主張は、原告が丙山らに対して自称秋田組組員の殺害を依頼したこと又はけん銃を用いて脅迫することを依頼したことを前提とするものであって、その前提において当裁判所の認定と異なるものである。

そこで、当裁判所の認定に従って、この点につき判断するに、本件三億二二五〇万円は、前記のとおり、原告が本件面談威圧行為を丙山らに依頼したことの報酬として支払われたものではなく、むしろ、その報酬が支払われる見込みがなかったことから、丙山らにおいて原告から喝取したものである。したがって、本件三億二二五〇万円は原告の任意の意思に基づいて交付されたものとはいえないのであるが、仮にこの点をしばらくおくとしても、本件三億二二五〇万円の交付につき原告に存する不法、すなわち、原告において暴力団員丙山らに対してした本件依頼の発覚を恐れ、死体の後始末費用、逃亡のための借金返済資金、相手方組織との手打和解費用として合計三億二二五〇万円を交付した原告の不法と、原告があたかも殺人の共犯者であるかのように申し向けて畏怖させた上、本件恐喝行為に及んだ丙山らの不法とを比較すると、丙山らの不法性が原告の不法性に比して格段に高いものと認められるから、原告はなお本訴損害賠償の請求をなし得るものというべきである。

三  過失相殺

しかしながら、本件恐喝行為の発生については、原告にも、丙山らが暴力団山本組の幹部組員であることを知りながらあえて本件依頼(自称秋田組組員に対し暴力団山本組の威力を示して自己に対する金銭的要求を無償で断念させて欲しい旨の依頼)をしたことにおいて過失があったものといわざるを得ず、また、殺人の共犯者とされるべき事実が何ら存しないとすれば、丙山らの恐喝行為に屈することなく、これを直ちに警察に届けるべきであったのに、それをしないで、丙山らに恐喝されるままに安易に合計三億二二五〇万円を交付し、その被害を拡大させていった点においても、なお原告に責められるべき落度があったものというべきである。

右の点を考慮すると、原告が被告に請求できる損害賠償の額は、その三割を過失相殺として減じた七割というべきである。その額は二億二五七五万円となる(3億2250万円×0.7)。

なお、本訴においては、被告は明示的には過失相殺の主張をしていないが、過失を構成する事実の主張はしているものと認められるから、当裁判所は、民法七二二条二項により、過失相殺をなし得るものである。仮に、被告が過失を構成する事実の主張をしていないとしても、なお、当裁判所は、職権で過失相殺をなし得るものである(最高裁昭和四三年一二月二四日第三小法廷判決・民集二二巻一三号三四五四頁)。

第五  結論

よって、原告の本訴請求を、二億二五七五万円とこれに対する各金員交付の日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において認容することとし、その余の請求は棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官原田敏章 裁判官武宮英子 裁判官木納敏和は転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官原田敏章)

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